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 八氣会インタビュー 第二回 

行政書士の宮川導子さん

プロフィール ◇ 宮川導子(みやがわ みちこ)

第24代 副将
平成10年法学部法学科卒業
在学中より弁護士を夢見て司法試験合格を目指す。
平成14年に行政書士受験に方向転換を図り、平成15年1月に同資格試験に合格。
同年、同じく行政書士であるご主人と一緒に横浜行政手続事務所を経営。
許認可のみならず、遺言、相続手続き、成年後見業務などを専門に幅広い業務を取り扱い中。

宮川導子先輩1

司法試験って合格ラインギリギリで落ちるんです。だから「来年こそは受かるんじゃないか」って思ってしまって。結局8年間も受験し続けました。

―行政書士になる前は、ずっと司法試験の受験生だったとか?

宮川: そうです。司法試験を受けながら、大学に8年間在籍していました。本格的に受験し始めたのは、学部5年生の時からです。

―司法試験にチャレンジし続けた理由は?

宮川:法律の勉強が好きでした。この分野で社会貢献をしたかったし、将来法律の仕事をするなら弁護士になりたいと夢見ていたからです。

―受験勉強は辛かったですか?

宮川:勉強自体は辛くありませんが、なかなか結果が出ないので辛かったです、そういう意味では『暗黒の時代』ですね(笑)。

―具体的には?

宮川:私は親から弁護士になれと言われたわけでもなく、自分の意志でやりたいことをやっていたはずでした。なのに、いつになったら光が見えるのかと、いつももがいていましたね。勉強方法もいろいろ変えてみました。グループでやってみたり、一人で予備校の自習室や図書館でやってみたり。周囲の人と接触を断つこともありました。

―司法試験を何年も受験し続ける人ってけっこういるみたいですね。

宮川:司法試験って、合格ラインギリギリで落ちるんですよ! 全く歯が立たなかったら始めからあきらめるんでしょうけど、意外に"もう少し"ってところで受からないのです。だから「来年こそは受かるかもしれない」って期待してしまって。しかも試験が年に1度しかないから、落ちて半年1〜2ヶ月は落ちこんでますけど、その後、もう1度だけ挑戦しようという気持ちになって頑張りはじめるとすぐ1年経ってしまうのです。だから10年間も受験し続けているような人がいっぱいいるのです。

「もうやめた」って思った時、不思議な位すっきりしました。受験し続けることでマイナス思考の悪循環に陥っていた嫌な自分と、さよならできたからかも知れません。

―そこまで頑張っていた司法試験をきっぱりあきらめたきっかけは?

宮川:8回目の5月の試験で落ちたとき、なぜか「これでやめた」って思ったのです。
とにかく受験生であるだけの自分がいやになって、「自分を変えたい、このままでは自分がダメになってしまう。どんな仕事でもいいから早く就職して、社会の中で働きたい」と、心の底から思いました。

―"受験生であるだけの自分がいやだった"というのは?

宮川:毎回試験の直前になってくると、「今年こそうまくいくのだと心に言い聞かせつつも、反面、今年もまた失敗してしまうのではないかしら…」とつい思ってしまう自分がいました。

―いわゆるマイナス思考でしょうか。

宮川:そうですね。働きながら受験をしていたというわけでもなかったので、本当に煮詰まっていました。最後の方はかなり悶々としていましたね。「いい歳をして、働きもせず、自分はこのまま試験を受け続けるのかなあ、本当に私に合格という日がくるのか・・・」なんて考えてばかりいて。他人の何気ない言葉が気になることも多かった。そんな自分を責めて「こんな心持だからダメなんだ、じゃあ受験なんてやめればいい、でもそれはできないし…」というふうに本当にぐずぐずしていて。最後にはそんな自分が心底イヤになったのでした。
今から思えば、当時は自分の時間が有り過ぎていろいろ悩んでいたのかな。逆に合格をしていく人はぐずぐず悩んだりしないのだと思います。

こだわりを捨てた瞬間から人生が回りはじめた。自分でも信じられないくらいです。

―司法試験受験をやめると決めたとき、周りの方はなんておっしゃいましたか?

宮川:予備校の職員の方が「よくやめるって決心ができましたね。違う世界に行ったとしても、あなたがハッピーになるならいいんだよ。大丈夫!」と言ってくれたんです。この言葉はすごく印象に残っていますね。

―方向転換してからの生活はいかがですか?

宮川:ものすごく変わりました。この3年間で、受験生を止めて、初めて社会に出て、就職をして、結婚までして。

―何だかドラマみたいですね。

宮川:本当に目まぐるしいほどの変化で、自分でもびっくりしています。あっという間に人生が動き出しました。(笑)。

仕切りなおしで挑戦した行政書士試験では、失敗は絶対に許されなかった。
合格することしか頭にありませんでした。

―行政書士を受験し直したきっかけは?

宮川:当時は、とにかく受験生状態のままの自分がいやになっていたので、まだ私にできることが残されているのなら、どんなこともやろうと心に決めていました。まだ今年中に受験が間に合う資格があれば、ということで、予備校のスタッフに薦められた行政書士の試験を受けたんです。

―どんな受験生活でしたか?

宮川:今度こそ落ちるわけにはいかない! と思って、家族いわく"燃えるように"勉強しました。30才も過ぎて、もう甘えが通用しない年でしたし、試験までの2ヶ月間それこそ寝て食べる以外は勉強していました。

―ものすごい勢いですね。

宮川:1日一冊問題集を解きましたよ! 司法試験のときにもこのくらい、焦って死にもの狂いでやっていたらよかったのかもしれません。
とにかくだらだらなんてしている場合ではないのだと、今までの遅れを取り戻すべく行動するしかないのだと心の中で叫んでいました。

―ところで、旦那様とは試験直前に知り合ったとか?

宮川: 試験を受ける3ヶ月前、知り合いに行政書士の事務所を紹介してもらったんですよ。そこにいた先生の1人が今の夫でした。初めて会った時は何となく彼の目線が気になりましたけど、お話を聞いて、席を立ったら私より背が低くて! 
「あ〜、これは(付き合うことは)無いな」って思ったんですよね。でも、試験後に彼の事務所で働くことになり、縁あって、結婚することになりました(笑)。

―人生のパートナーを見つけた感想は?

宮川:彼の仕事の仕方を見ていて、依頼人に対してすごく誠実だなあと思ったんです。相手の立場に立って、頼まれたこと以上に何かを提案していくという感じで。今でもいろいろな意味で教わることが多いですね。奥さんとして少し欲を言えば、もう少し家事を分担してほしいような、まあいいか…(笑)

行政書士の仕事は官公署に関する業務だけではありません。
例えば『成年後見業務』は依頼人の生前から亡くなった後の生活支援や財産管理、清算を任される仕事なども手がけています。
手続きが済んで「ああ、これで残りの人生を安心して生きられる」と言われた時、やって良かったなあと思うと同時にこの方の人生を背負ったのだ・・・という責任の重さも感じます。

―現在のお仕事の内容は?

宮川:行政書士の守備範囲はものすごく広いんです。簡単に言うと、"困っている人に法律的な解決方法を提案する仕事"ですね。具体的には、会社設立や役所向きの許認可手続きのほかにも遺言・相続、など、紛争が起こる前にものごとを解決していく業務などもあります。もともと弁護士になったらやりたいと思っていた分野も含まれるので、とてもやりがいがあります。
今、大きい許認可では墓地(お墓)の経営許可を手がけている最中です。

―これから専門にしていきたいことは何ですか?

宮川:ひとつは『成年後見業務』ですね。例えばお年寄りや知的障害をお持ちの方の生活支援や財産管理をする仕事です。依頼者の権利を守るため、実印や預金通帳を全部預かる場合もあります。

―ものすごい信頼関係ですね。

宮川:そう、すごく重たい仕事です。実際には、”家庭裁判所で選任された監督人が後見人を監督する”というしくみもあるのですが、それでもかなり責任のある仕事です。でも相手の方は自分を信頼してくれているのですから、その信頼にこたえなければなりません。

―仕事をしていてうれしいことは何ですか?

宮川:行政書士業務はルーチンな業務だけではなく、様々な手続きが必要となる複雑な仕事も多いです。でも、手続きが終わって依頼人の方に「ああよかった、ありがとう」とか、「ほっとしました」と言われたりすると、本当にそのお手伝いができてよかったなあと思います。

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Photo by (c)Tomoyuki.U
http://www.yunphoto.net

宮川さんのラッキーカラーは黄色。いいことがある時は大抵黄色のものが関係しているとか。黄色系のものを身につけている日は仕事もうまくいくことが多いそうです!

合氣道もその他のことも、「やるしかない」、「やるからにはしっかりやりたい」と思って生きてきた。今まで節目節目でアドバイスしてくれた人達に感謝しています。

―ところで、合気道部では女性初の副主将ですよね?

宮川:そうなんです。私の代は男子3人、女子5人で、その次の年にまた女子が多かったこともあり、先輩達が女性のまとめ役を作ろうと考えてくださったようです。

―プレッシャーはありましたか?

宮川:はい! 特にランニングで下の代の女の子達に負けちゃいけないと思って必死でした(笑)。しかも後輩は皆早かったし。そのうち丁度ランニングの時間に、(故)田村先生のお迎え係になって、走らずじまいになったんですけどね…。

―副主将時代の思い出は何かありますか?

宮川:そういうわけではじめは、"下の子達に教えるからには上手にならなくては"と思いこんでいたんです。でもそのうち「できないものはできない」と割り切るようになりました。

―肩の力が抜けたということですか?

宮川:ある時、「(合氣道は難しいから)あの先輩もできないんだ、と思うほうが安心します」と下の代の女の子に言われたことがあります。「上手に出来ないのも、ある意味でお手本になるんだ」と気付きました。たとえ技が上手にできなくても"一生懸命誠実に稽古する、教える「姿勢」"が大事なのではないかと、今でも思います。

―合氣道を続けてよかったことは?

宮川:学部の2年生から司法試験を受けることになり、部活をやめようかと思った時、「せっかくだから続けなよ」と周りに言われました。「やるからにはしっかりやろう」と思って続けてよかった。利害関係の無い時代に、苦しいことを一緒にやった同期は本当に良い仲間になりました。これからもずっと大切にしていきたいと思っています。

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<インタビュー後記>
聞き手:第19代会計 佐藤(旧姓林)実知子
「試験勉強ばかりで、社会経験がほとんど無いんです」というのが信じられないほど、しっかり仕事に取り組む姿勢に感心しました。
受験生をやめてからしばらく旅行しようかなどと考えませんでしたか?とお聞きしたら、「全く考えませんでしたね。このままでは応援してくれていた家族や両親に申し訳ないと思いましたし、とにかく早く就職したかった。司法試験の受験直後だったら学力的に一番レベルが高いと思ったので、就職するにも試験を受けるにも今がチャンスだと思いました。」とのこと。
”自分にごほうびで旅行”などと考えるのはバブル入社世代の自分だけかと恥ずかしくなりました…。素敵な旦那様と一緒に、お仕事も家庭も大事に築き上げていってください!

※ 今までは何だか気恥ずかしくてOB会に参加しにくかったのですが、田村先生への贈り物の気持ちで、このインタビューを担当させていただくことになりました。
 皆様のご意見ご感想をお聞かせください。メール:tmu_aikido@yahoo.co.jp



以上

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||| 第19代会計 佐藤(旧姓林)実知子 |||

Copyright © 2003 東京都立大学 合気道部 [ Legal ] e-mail:tmu_aikido@yahoo.co.jp




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